福島に行ってきました

 9/27(土)、福島で復興支援ボランティアを行うグループの運転手として請われて、震災後初めて福島県を訪れました。


■ 郡山市の仮設住宅を訪問

 快晴のすがすがしい天候に恵まれ、郡山市富田町にある”おたがいさまセンター”を訪問しました。

目的は、狭山茶を使った抹茶とコーヒーの接待をメインとして、整体施術やポプリの手作りのサービスのボランティア活動です。
このボランティアは、仮設住宅の住人が定期的におこなっている喫茶サロンとタイアップしたもので、定期的に行っているとのことです。

私は初めての参加ですので、勝手がわからず言われるがままにお手伝いをしたのですが、特に開会式や宣言のようなものも無く、人が集まり出したら自然に始まっていました。
参加された住人の方もボランティア側も全く気負いが無く、極めて自然体だったのが印象的でしたね。

参加者はほとんどかお年寄りで、若い人たちの参加はほとんどありませんでした。
聞くところによりますと、震災後3年半を経て、若い世代の人たちは続々と仮設住宅を出て行き、お年寄りが取り残される状況になっているそうです。

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■ 93歳のおじいちゃん

”おたがいさまセンター”の外で、富岡町から避難してきたという、ちょっとお茶目なおじいちゃんといろいろと話すことが出来ました。

この方、大正13年の生まれの93歳で、杖を持ってはいても、杖無しでも歩けるそうです。
戦争中は群馬県の中島飛行場で、戦争に使う飛行機(ゼロ戦ではないとのこと)を作っていたそうですが、ゼロ戦の名前の由来が「皇紀2600年」なんて、ちょっとしたトリビアネタを披露してくれるものですから、少し話し込んでしまいました。

「足尾銅山とかけてなんと解く」のなぞ賭けには大笑いでした。
足尾銅山というのは栃木県の東にあった銅山で、鉱毒事件を起こし田中正造(ちなみに私の郷里、佐野の出身です)で、年配の人には、かなり有名です。

答えはぜんぜん判りませんので、答えを聞くと「破れさるまたと解く」でした。
さるまたはたぶんふんどしのことです。

その心は「時々、金が出る」でした。
たぶん私の2周りくらい上の世代では、みんな知っているなぞ賭けなんだと思いますが、私は50代後半で”とても若い”ものですから、大笑いです。

その他、「クワバラ、クワバラ」の由来や、軽井沢に遊びに行った話など聞いたのですが、最後に今の楽しみは何ですか?と訊くと「何にもねぇ、ここは姨捨山だぁ」と、衝撃的は答え。

この意味は後に、その意味を理解できる話を聞くことになります。

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郡山でのボランティアを終えて、岐路は常磐自動車道経由で帰ることになったのですが、その岐路楢葉町(ならはまち:薪ストーブユーザで、いつもコナラの原木を求めているわたしには、とても耳障りのよい名前です)にあった仮設食堂で遅い昼食をとった時、食堂のご主人からいろいろとお話を聞きました。

楢葉町は現在、居住が許可されていないのですが、半年後くらいに許可が出そうということでしたので、「みなさんまたもどって来るんでね?」と何気なく尋ねたところ、「そうはならない」と断言されたのです。

下に聞いたままの内容を要約します。

「1年なら帰ってきたのだろうけれど、3年半は長すぎた」
「多くの嫁さんが年寄りとの同居を嫌がるので、また、ひとつの家に住むことにはならない」
「3.11までは夫婦の収入が少ないので年寄りの年金を当てにして我慢してたけど、今は補償が入るのでもう年寄りの年金を当てにして、我慢(同居)する必要が無くなった・・・」

もちろん、一部の家族の話だとは思いますが、とても重い話でした。




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No title

お久しぶりですが、いつも拝見しています。

原発事故の前と後で暮らしが全く変わってしまったこと、改めて知らしめられました。もう、もとには戻れませんね。
都会では親と子が別々に暮らすのが当たり前になってますが、福島の田舎でもそうなってしまったわけですね。本当は、親、子、孫の3世代が一緒に暮らせば子育てなんかもうまく行くし、一番いいと思います。
都会の家の狭さと、仮設住宅での分離生活が重なってしまったような感じです。経済的にも親と暮らす必要がなくなれば、元には戻らないと言うことですね。

Re: No title

素人大工さん、こんばんは
こちらこそいつも、とても素人とは思えない技に感嘆しております。

さて、”福島”については、今も何もわからないですが、行って話しをして、何かを感じることは出来ました。
復興は世代を超えたものになるだろうというのが実感です。

「親子三代が仲良く、同じ屋根の下で暮らす」というのは理想だと思いますが、親子三代が同じ屋根の下で暮らしていても、なかなか仲良くとは行かないようです。そういえば私の祖父はトンデモナイ人で、仲良くする、しない以前の関係でしたね。

今回、被災地域に住む親子三代の同居は爺婆世代の年金が繋いでいた現実があったと聞いて、この地域だけのことでは無いなぁというのが、率直な感想です。

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2000年9月に開始した母屋のハーフビルドに引き続き、工房やガレージをセルフビルドしました。
セルフビルドは失敗も多いですが、本当に楽しいです。
次は木工雑貨とアイアン雑貨の商品化にチャレンジします。

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